住友史料館


住友史料叢書「月報」

  • 北摂山麓の古代史を探る・・・・・・浦上敏臣

 大阪府の北部、阿武山(高槻市)の山腹に京都大学の地震観測所がある。昭和九年(一九三四)、この施設の拡張工事をしていたとき、敷地の一角から重厚な漆塗りの柩が出土した。中には錦をまとった遺骨がほぼ完全な形で残っており、傍には硝子玉をはめ込んだ枕(玉枕)もあった。


 X線で分析したところ、被葬者は六〇歳前後の男性で腰に骨折の痕があり、周囲にあった金糸は昔朝廷の儀式で佩用した冠の刺繍用と判明した。このニュースを当時の大阪朝日新聞がスクープ、「貴人の墓」と報じたものだからにわかに脚光を浴び、その頃バスもない不便なところに二万人もの人が押し寄せたという。


 飛鳥時代の政治官僚に中臣鎌足という人がいる。六四五年、中大兄皇子(なかのおおえのみこ のちの天智天皇)と謀って時の実力者蘇我入鹿(いるか)を殺害、大化の改新に道を開いたとされる。のちにわが世の春を謳歌した藤原貴族の先祖である。記録によると、鎌足は五〇代半ばにして落馬が原因で亡くなっており、これが遺体の損傷と符合する。さらに、天皇から藤原姓と大織冠(だいしょくかん)を授かっていることなどから、阿武山古墳の主は鎌足とする説が専門家の間に多く、ほぼ定説化している。発掘後この現場はすぐ埋め戻され、急な坂を登った灌木の茂みに今見えるのは白い墓標だけだ。飛鳥の要人がなぜ北摂の僻地に……と思うが、『日本書紀』には鎌足が摂津国の三島(大阪東北部)に葬られたという記述があるという。


 この遺跡は拙宅から近い。そのせいであろう、筆者はこの伝承に触発されその後近隣の古いものを求めて散策の足を伸ばすようになった。名神高速道路沿いの継体天皇陵(太田茶臼山古墳)もそのひとつである。全長二百数十メートルの大きな陵は濠に囲まれ、いつも静かで緑が深い。この天皇は六世紀初頭、第二五代武烈天皇の急死で皇統が途絶えかけ、越前の三国から急遽担ぎ出された。今の枚方市樟葉で即位したあと摂津・山城の要地を転々として、飛鳥の都に落着いたのは一九年後だったという。一体何があったのか、不可解な流浪ではある。


 この天皇の陵とされるのが二つあって、もう一つは近くの今城塚(いましろづか)古墳である。前者は出土する埋蔵物が古すぎるため、考古学的にはこちらが本物だろうとされている。宮内庁の関与がないため広い域内は出入り自由、訪れる人も多い。


 このほか、この古墳に埴輪を提供した一八基の窯場跡も近くにあり、大小のお寺や社(やしろ)も散策圏内に多い。鎮守の森は夏涼しくて冬は温かく、しばし境内に佇んで往時を偲ぶが、その由来は分からないところがほとんどだ。社殿の屋根は昔から皮檜(ひわだ)か茅葺きとされているのに最近は瓦が増えた。境内の清掃も欠かせないし維持管理は容易でないことがうかがえる。


 外来の稲荷神社や八幡神社もあちこちにある。この両神がなぜ稲荷・八幡と呼ばれるのか不審に思って調べたことがある。山城国風土記によると、八世紀の初め京都深草の秦氏が餅を的に弓矢を放った。すると、その餅が白鳥になって近くの山頂に降り、そこに稲が生えた。その場所を「稲なり」と称して神を祀ったのが稲荷神社の始まりという。つまり、稲作や生産の守り神になったわけだが、やがて商売繁盛や福徳開運の神にもなる。


 一方の八幡神社は当初八旗(やはた)と呼ばれ、神功皇后が新羅征伐のとき八つの旗を対馬の祭壇に祀ったとされる。渡来系の戦(いくさ)の神だったらしい。この神は時の朝廷に政争の予言や助言をした。とりわけ、難渋した東大寺の建立と弓削道鏡事件に口を挟んだことから占いの神、鎮護国家の神にのし上がる。この神は稲荷神と同様、拝めばご利益があるとする実利重視派で、いわゆる「習合」(神と仏の結合)と「勧請(かんじょう)」(神霊の分割)の儀式を巧みに使って各地に勢力を伸ばした。


 このような昔からのいわれが本当なのかどうか確かめたくなり、元締めの伏見稲荷大社(京都市)と宇佐八幡宮(大分県宇佐市)を訪ねた。しかし、貰った案内書に発祥の機微に触れたものは何もなかった。単なる口伝や説話は引用しにくいのであろう。他方、前述の鎌足伝承では『日本書紀』が有力な根拠になっている。要は、確かな文献・史料に基づいて考察を加え、最も蓋然性の高い推論をどう構築するか。この分野の研究はこの点に難しさと面白さがあるのだろう。


 考古学と古代史にはまだ手つかずの謎が沢山残っているものの少しずつ歴史の闇が明らかにされ、「有史」に厚みができつつあるのは喜ばしい。この学問は一〇〇〇年、二〇〇〇年の時空を隔てた雄大な挑戦であるから相応の想像力が求められる。そこにロマンを感じ惹かれるのは筆者一人ではあるまい。さらなる発展を期待している。


(住友生命保険相互会社名誉顧問)
住友史料叢書「月報」29号 [2014年12月15日刊行] 
※執筆者の役職は刊行時のものです。