住友史料館


住友史料叢書「月報」

  • 環境企業家を育てよう。
     -持続可能な経済への移行と日本の役割-・・・・・小林 光

 人類が、70億、ゆくゆくは90億人(2050年の推計)を数えるにいたって、さらに、個々の人びとが今の米国並みの生活を実現しようとすれば、資源は、そしてごみ捨て場も、今の地球にして 数個分以上を要することは明らかである。ものすごく煎じ詰めていえば、人類は、資源をお金に換え、その資本を再び投じて別の資源を開発し、またお金を増やし、それを投じて一層多くの資源を開発していく途上にある。このことの帰結とは、現実のたった一つしかない地球の上では、ついには使うべき資源がなくなり、食べることのできないお札の山が残ることである。


 もちろん、そうさせてはいけないので、資源を一方通行で使うのではなく、資源を生む基盤や環境の自浄力を維持する仕事に精を出し、地球生態系が太陽の力で年々に産み出す産物の範囲で暮らしを立てる、そうした経済に人類が移行していくことは間違いない。環境を使い倒してお金を得るのではなく、環境を守り育ててお金を得る。これは今はまだ夢のようなことだが、それが正夢にならなければ、人類の文明は滅びていよう。このような経済は、持続可能な経済と呼ばれる。


 ところで、そうした経済から最も遠い宿命を持つのが、鉱山開発である。住友グループは、鉱山開発、精錬といったことを起業の原点に持っている。住友グループはこれまで長く存続してきて、また今後も活躍していくのであろうから、その歴史は、持続可能な経済づくりとの数多くの接点を持つものとならざるを得ない。


 筆者は、こうしたことから、別子銅山に関心を寄せ、住友の第二代総理事・伊庭貞剛にも大きな興味を覚え、現地を訪れたりして、勉強させていただいた(その成果の一部は、「ザ・環境学」という本の一つの章として勁草書房から上梓している。ご関心の向きは是非お目通し賜りたい)。そうして大変に感銘を受けたことは、明治も明治、その始まってすぐの頃に、環境汚染のない鉱業の実現、鉱山周辺の自然の復元という大方針をもって、住友が、技術革新やインフラ整備に膨大な投資を行ったことである。その上で、地域の住民や生業との共存を果たしていった。排煙脱硫、そして肥料としての還元という構想の実現には昭和に入るまでの時間が掛かったものの、産業革命から殖産興業の時代に、早くも、使い捨て文明の脱却を経営として成り立たせていたわけで、イノベーショナルな環境経営の嚆矢といえよう。


 今や地球の上にはフロンティアはなくなりつつある。ごみもこれ以上は捨てられない。そこで、これからの経営は、自然との親和性が高く、循環型のもの、たとえば鉱業でいえば、都市鉱山の開発とリサイクルの高度化といったものになっていこう。第二フェーズの環境経営であって、ここで登場して欲しいのは、第二の伊庭貞剛である。


 筆者が勤務する慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスは、若き起業家の輩出で知られている。ここでは、第二フェーズの環境経営に係るいくつかのコースが大学院で始まっているので、紹介しよう。

 一つは、低炭素社会の実現全般に係る知識を身に付けることを目指す、LC(低炭素社会づくり)コースと環境で儲けるためのスキルも磨くEI(環境イノベーション)コースである。また、環境ばかりとは限らないが、海外での起業を目指すEDGEプログラム(グローバル・アントレプルナー育成促進事業)も始まった。これは、学生を、実際に海外の起業現場に送り込んで演習を進めることが特色になっている。これらの他、博士コースまで有するのがGESLプログラム(グローバル環境システムリーダーの育成事業)であり、ここでは、開発の過程で深刻な環境破壊に直目する途上国での課題解決のため、必要な技術的対策の選択とその実装のための社会的なルールの設定とを一つのパッケージとして習熟させることとしている。


 筆者自身は大学院での研究教育に加え、学部レベルでも、特にゼミで、優良環境取組みの発見を目指した学生の活動を指導している。また、学外でも、環境経営に取り組む企業のヒアリングを、多数の企業の参加の下進めていて、その結果得られた、環境経営を成功に導く鍵となることが多いアイディアを取りまとめたりもしている(東洋経済新報社から「環境でこそ儲ける」とのタイトルで一般向けの本を刊行したので、ご覧いただければ幸いである)。


 これらを通じて思うのは、企業の普通の仕事が、当たり前に有するさまざまな環境側面に着目して、その環境性能を向上させるような取組みが大事だということである。言い換えれば、環境の取組みを環境専門家に委ねるのではなく、経営者が日常のイノベーションの中でみずから判断し取り組むことが大切だということでもある。数十年先の人類のあり方を構想して、そこで価値を産むような製品やサービスを開発していけるのが、100年以上も前の伊庭貞剛と同じだが、経営トップの担うべき役割であろう。

(慶應義塾大学環境情報学部教授)
住友史料叢書「月報」29号 [2014年12月15日刊行] 
※執筆者の役職は刊行時のものです。